×

総料理長の気まぐれコラム



インドに鶏の塩焼きはあるのか?

以前、インドの食を取り扱ったドキュメント映像で印象的なシーンがありました。

田舎で自給自足の生活を営む家族の取材中、普段はほぼ豆と穀類のみの食事ばかりを作って食べているその家の主婦が、取材班に「来週、鶏を潰して肉料理を振る舞う」と申し出ます。しかし、その日が来ても一向にその調理が始まる気配はありません。取材班がおずおずと尋ねると「チキンカレーを作るのに必要なスパイスが手に入らなかった」と、あっさりその約束は反故にされます。

スパイスが手に入らなかったというのが本当に理由だったのか、もしくは鶏を潰すとは言ったもののそれが急に惜しくなったのか、はたまた取材班が何か彼女のご機嫌を損ねるような事をしてしまったのか、本当の理由はわかりません。しかしいずれにせよ、特定のスパイスが入手できないという事が鶏を料理できないという事の充分な理由になる、と彼女が考えている事だけは確かなようでした。

鶏肉が手元にあった時、日本人ならそれでどういう料理を作るか様々な選択肢を考えると思います。照り焼きにするのか、から揚げにするのか、もちろんカレーという選択肢もあります。もちろんあっさりと塩焼きにするという選択肢もあります。その鶏肉が上質で貴重な物だったらむしろ「塩焼きじゃないともったいない」とすら考えるかもしれません。シンプルな味付けの鶏料理も、調味料やスパイスに工夫を凝らした複雑な鶏料理もどっちもそれぞれにおいしい、という事を日本人はよく知っています。

日本ほどではないかもしれませんが、ヨーロッパでもアジアでも、鶏料理はほぼ塩味だけのようなシンプルなものから複雑なものまで様々なバリエーションがあります。インドは鶏肉そのものがとてもおいしくて、様々なバリエーションのチキン料理がありますが、「鶏の塩焼き」に該当するようなシンプルな料理があるかと言うと、すくなくとも僕は知りません。基本的に常になんらかのスパイスが使われますし、そのスパイスの量や種類も野菜料理や豆料理に比べてずっと多いのが普通です。

南インドに「チキンウプ」と呼ばれる料理があります。「ウプ」は塩を意味しますので、言うなればこれは「塩チキンカレー」とでも訳される料理。「塩チキン」と言っても別に極端に塩がたくさん使われているわけではないので、つまりこれは日本における「塩焼き」同様、塩以外の調味料をあまり使わないシンプルな調理法、というニュアンスが込められているのではないかと推察されます。

この料理、たしかに一般的なチキンカレーにくらべればスパイスの量や種類も少なく、シンプルな味付けの料理という事は言えると思います。なのですが実際食べてみると、スパイスの種類を絞る事でひとつひとつのスパイスの風味がくっきりと際立ち、むしろ極めて個性的なスパイス料理として成り立っています。これはまさにスパイス料理の妙味と言うべきで、スパイスをたくさん使えばスパイシーになるわけでもない、というある種哲学的なメソッドを体現しているとも言える象徴的な料理でもあるのです。

おそらく、なのですがインド人は日本人とは違って、単に塩だけで調味した鶏肉をおいしいと感じる事はあまり無い。そこに何らかのスパイスが介在しない限り、それは彼らにとっては料理として成立しないのかもしれません。しかしだからと言ってその事を「スパイスで素材の味わいを塗りつぶしている」と解釈したらそれは大きな間違いなんじゃないかとも思います。スパイスの組み合わせ、そしてその足し算引き算を駆使して素材そのものの魅力を引き出す、それは日本人が往々にして徹底的な引き算でそれを目指すのとはまた異なる方法論で、同じような到達点を目指しているのではないかと僕は思っています。

[稲田俊輔]



ビリヤニにカレーかける?

「ビリヤニにというのはカレーをかけて食べるものなのですか?」
という質問をたまに受けます。
インドではビリヤニにカレーをかけて食べることはあまりありません。かわりに、ヨーグルトに刻んだ野菜を混ぜて塩やスパイスで味付けした「ライタ」を薬味的に少しかけたり、レモン汁を絞って生の玉ねぎや青唐辛子をかじりながら食べる、みたいな事はよくあります。
しかし、全くかけないかというとそんな事もありません。
以前、南インドの街チェンナイの一般家庭でビリヤニをご馳走になった時の事です。そのお家のお母さんが各自の皿にモリモリにビリヤニを盛ってくれたあと、ご主人がそのお皿の脇に大きなスプーンに一杯ずつのカレーをサーブしてくれたのです。そのカレーは「前の日のチキンカレー残り汁」だったのですが、ご主人は「こうやって食べると旨いんだよ!」と、ちょっと得意げでした。「お前たちに俺のとっておきの裏技を教えてやるぜ!」的なニュアンス。 そしてそれが実際とてもおいしかったのです。ビリヤニにという料理はややもすると食べてる途中でちょっと飽きが来始めたりもしがちですが、そこにカレーが少しあるだけで、いわゆる「味変」的にまた新鮮な感覚で食べ進められてしまう。なんだか無限に食べ続けられそう、そんなヤミツキになるおいしさでした。

この時の印象が鮮烈で、その後エリックサウスの最初のお店を立ち上げてビリヤニをメニューに置いた時、そこに少量のカレーソースをデフォルトで付ける事にしたのです。
また、日本人的感覚としては「インド料理店=カレー屋」ですから、いくらビリヤニがおいしい料理だとしても、そこに来てカレーを全く食べずに終わるのは釈然としないのでは、という考えもありました。

エリックサウスでこの「ビリヤニにカレーがちょこっと付く」という特殊なスタイルが定着したせいもあるのか、日本人の中の少なからぬ人が「ビリヤニはカレーをかけて食べるもの」という認識になってしまったのは、正直、反省もあります。
数年前インド人シェフのビリヤニ専門店ができてそこを訪れた時、ビリヤニに金時豆を使った濃厚なカレーが付いてきました。そのようなタイプのいかにもナンに合いそうなカレーがビリヤニに付いてくるというパターンに遭遇したのは初めてだったので驚いて、お店のサービスマンの方に「インドでもこういう食べ方があるんですか?」と質問したところ、彼は笑ってこう言いました。 「インドでは絶対やらない。でも日本人はビリヤニにカレーをかけて食べるのが好きだから。」
すみません、その何%かは僕の責任です、と心の中で謝りました。

とは言え「ビリヤニにカレー」はやっぱり魅力的です。もちろんかけるカレーが多すぎるとせっかくのビリヤニが台無しにもなりかねませんが、少量なら、ビリヤニの味を単に補うだけでなく、ビリヤニの持つおいしさを別の角度から引き立ててくれるカレーもあります。
例えば香菜やミントなどのハーブを多用した「コリアンダーマサラ」なんかは、まさにこれにあたります。そういうおいしい組み合わせを見つけるのもまた楽しいものです。

[稲田俊輔]



カレーにおいて辛さってなんだろう?

禅問答のような疑問ですがこれはなかなかの難問です。

辛い方が本格的、というのはなんとなくのイメージとしてありますが、インド本場のカレーが全て辛いかというと決してそんな事はなく、むしろ日本人の方が辛いカレーを好み、辛さにこだわる傾向があるようにすら思えます。特にカレーが好きになって最初のうちは、とにかく「もっと辛いカレーを!」「辛くなくちゃカレーじゃない!」とばかりに辛いカレーを追い求めがち。これは僕自身のかつての体験からも気持ちはとてもわかります。

一方、特に作り手の感覚としては「辛いかどうかなんてそう大した問題ではないのでは?」
という気持ちもあります。カレーというのは極めて複合的な要素を持つ料理であり。その中で「辛さ」というのはその要素のひとつに過ぎない、という感覚です。

実際、カレーを辛く仕上げる事は簡単です。カレーに使われる様々なスパイスの中で、辛さを決定するのは、実質的には唐辛子だけ。カレーでよく使われるのは、カイエンペッパーと呼ばれる極めて辛味の強い唐辛子ですが、このカイエンペッパーを一人前のカレーに0.5グラム配合すればいわゆる「辛口」のカレーになります。1グラムなら「大辛」、2グラムなら「激辛」。仮に4グラムでも入れようものなら「こんな辛いカレー食べた事ない!」みたいなレベルのキワモノが誕生します。もう少し厳密に言えば、そこに油脂がどのくらいの量で含まれるのか、そしてその油脂が擬似乳化的に分散しているのか分離して浮いているのか、みたいなことでも体感的な辛さは変化しますが、基本的に、辛さとはそういう極めて単純な等比級数なのです。

行き着くところ作り手の誠意としては、カレーを好きになり始めた人のために無闇に辛さを強調したカレーを作ることでもなく、カレーに慣れていない人のために唐辛子の量を無理に減らす事でもなく、素材、副材料、仕上がりのテクスチャー、酸味や甘味とのバランス、香りの要素、そういった様々な要素の中でそれらの味わいを最も引き立てる加減を追及する、そういう事だと考えています。
 

先般「辛さゼロ キッズキーマカレー」という商品のレシピ開発を行ないました。文字通りお子さんでも無理なくインドカレーの美味しさの真髄に触れてもらえるような、言うなれば某「カレーの王子様」のインドカレー版です。乳製品などのアレルゲン物質を最小にし、代わりにインド料理で一般的な玉ねぎとトマトに更にニンジンを加えた野菜嫌いでも食べやすい野菜ペーストをベースにするのは最初の方針で決めていました。そして辛さに関しては、上で述べた「辛さの等比級数」のマイナス方向、つまり辛い唐辛子をゼロにするという組み立てです。

正直最初は「ニンジン入りキーマカレーの普通においしいレシピを作り、その唐辛子を全く辛くないパプリカで置き換える」だけで完成するだろうという思惑がありました。しかし実際はそんな単純なものではありませんでした!

辛さをゼロにすると、何故か普通に入れているはずの他のスパイスの香りの要素がうまく立ってこないのです。もしかすると冒頭の「カレーにおいて辛さとは何か」という疑問に対する答えのひとつがここなのかもしれません。ともあれ、開発においてはここからスパイスの再調整を行ないました。素材を凝縮する事でおいしさのベースを作るというのがカレーの定礎であり、そういう意味では野菜ペーストのベースは申し分ない物だったので、後は香りの立たせ方のみです。単に全てのスパイスの量を増やすだけでは意味がないどころかバランスが崩れるだけですので、あるスパイスは減らし、あるスパイスは増やしつつ投入のタイミングをずらすなどして、最終的にはなんとかイメージ通りの味わいに着地できたと思います。自信作です。

発売前のモニタリングの声を受けて、ニンジンの細かさを調整するなどのブラッシュアップも行い、お子様が抵抗なくかつインドカレーの魅力に触れられる物になったと自負していますが、同時にカレー好きの大人の方にも「こんな味わいのカレーがあったのか!」という驚きのあるカレーになったのではないかと思っています。正統派インドカレー以外の何物でもなのに全く辛くない、言うなれば「脳がバグる」みたいな感覚は、僕自身も新鮮でした。皆様もぜひ一度体験してみてください!

[稲田俊輔]



インドカレーとパンの相性

インドカレーはライスやナン、チャパティに合わせるのが一般的ですが、実はパンとの相性も抜群なのです。 インド料理とパン、というともしかすると少し不思議な感じがするかもしれませんが、実は本場のインド料理でも「パオバジ」という、ポテトやトマトをマッシュしたカレーと四角いコッペパン風のパンを合わせる定番料理もあったりします。 インドカレーに合わせるパンは結構なんでもイケます。普通の食パンやバゲットでもオーケー。バゲットにチキンカレーを乗せたり浸したりしながらワインと一緒に、なんて楽しみ方もオススメです。食パンにチーズを載せて焼いたチーズトーストは、チーズナン感覚で特にバターチキンカレーとの相性が抜群!

南インドにはパロータと呼ばれる、クロワッサンを平たく焼いたようなパンがあり、これはほぼ完全にクロワッサンで代用できます。キーマカレーなんかと組み合わせるとリッチなおいしさが楽しめます。 ゴア地方ではカレーとソフトカンパーニュ風のパンの組み合わせがポピュラー。ゴア地方の料理であるポークビンダルーは特にパンに合うカレーと言えます。レーズンや胡桃入りのカンパーニュパンとの組み合わせは、エリックサウスの実店舗でも提供したことがあり、とても好評でした。 パン好きの方ならライ麦パンと豆カレーなんていう渋い組み合わせもいかがでしょう。 こんな感じで、インドカレーとパンの組み合わせは可能性無限大! ぜひ自由な発想でお好みの組み合わせを見つけてみてください。

[稲田俊輔]



カレーらしいカレー、カレーらしからぬカレー

インドカレーを日本人視点でものすごく大雑把に2つに分けると A カレーらしいカレー B カレーらしからぬカレー という事になるのではないかと思います。 日本人が普段接しているインドカレーは、それがどれだけ現地そのままの本格的なお店のものであっても基本、ほとんどがAなんじゃないでしょうか。 しかし、インド全体で見ると実はAはカレー全体のほんの一部でしかありません。実はむしろほとんどがBなのです。 エリックサウスの実店舗では昔から、あえてこのBにあたるカレーを、日替わりや季節替わりで小出しにしたりしています。お客様が勘違いして注文してしまわないよう細心の注意を払いながら(!)

エリックサウス通販ショップでも実はひっそりとそんなカレーがあまり目立つことなく存在している事があります。
例えば今ならこちら
個人的にインドカレーの真髄はこういう「カレーらしくないカレー」や、更には「どう見てもカレーには見えない何か」の方にあると思ってます。ショップでも今後、そういうものをこっそりもっと増やしていけたらな、と妄想しています。

[稲田俊輔]